日生
日生に季節限定牡蠣入りお好み焼きを食べに行ってきました。
木目込み教室の皆さんと一緒。
大先輩の運転されるマイカーに乗って。
集合場所、難波人形展を10時過ぎ出発。
途中牡蠣いかだの浮ぶ入り江を見下ろし
ながら12時少し前に到着。
店内はすでにどの鉄板テーブルにも人が群がり、
店内は熱気と、こおばしい匂いに満ち溢れていた。
総勢8名、ひたすら待つ。
小さな店内に入りきれない人々が、外に置かれた長いすや、
丸いすに坐って待っている。
待つ間にメニューを見ながら注文を書いていく。
メインはタマちゃんお好み焼き。
巨大なネタに肉、えび、タコ、様々な野菜そしてぷりぷりの
大きな牡蠣が入っている。
それを8つに分ける。後、葱入り牡蠣タマ、葱タマ、えびタマ、
珍しいのはカレー入りお好み焼きだった。
いずれも焼いたものを持ってきてくださる。
それを目の前の熱い鉄板に置いてすぐに食べる。
熱々ほど、おいしいものはない。
やはりタマちゃんお好み焼きの味が一番だった。
直径30センチはあろうか。
2500円の値段もいいが、惜しくはない。
この度は8人で分けたけど、4分の1に分ければ、
他のお好み焼きは入らないほど、たっぷりだと思う。
とにかく満足したお好み焼きでした。
お店は写せなかったので、帰りに寄った牡蠣をたくさん
売っていた五味の市の牡蠣を。
大きな、見るからに美味しそうな牡蠣たちでした。

値段もいいねぇ〜。

牡蠣を買う人々。
木目込み教室の皆さんと一緒。
大先輩の運転されるマイカーに乗って。
集合場所、難波人形展を10時過ぎ出発。
途中牡蠣いかだの浮ぶ入り江を見下ろし
ながら12時少し前に到着。
店内はすでにどの鉄板テーブルにも人が群がり、
店内は熱気と、こおばしい匂いに満ち溢れていた。
総勢8名、ひたすら待つ。
小さな店内に入りきれない人々が、外に置かれた長いすや、
丸いすに坐って待っている。
待つ間にメニューを見ながら注文を書いていく。
メインはタマちゃんお好み焼き。
巨大なネタに肉、えび、タコ、様々な野菜そしてぷりぷりの
大きな牡蠣が入っている。
それを8つに分ける。後、葱入り牡蠣タマ、葱タマ、えびタマ、
珍しいのはカレー入りお好み焼きだった。
いずれも焼いたものを持ってきてくださる。
それを目の前の熱い鉄板に置いてすぐに食べる。
熱々ほど、おいしいものはない。
やはりタマちゃんお好み焼きの味が一番だった。
直径30センチはあろうか。
2500円の値段もいいが、惜しくはない。
この度は8人で分けたけど、4分の1に分ければ、
他のお好み焼きは入らないほど、たっぷりだと思う。
とにかく満足したお好み焼きでした。
お店は写せなかったので、帰りに寄った牡蠣をたくさん
売っていた五味の市の牡蠣を。
大きな、見るからに美味しそうな牡蠣たちでした。

値段もいいねぇ〜。

牡蠣を買う人々。
遊美工房
今日の来玉島の目的は、遊美工房の川月清志・紅ご夫妻の木の家具とべんがら染め作品と湯布院在住の中西ちせさんの陶人形のコラポレーションを見ることでした。

作者の川月氏。気さくでやさしい、ご覧のとおりの素敵な方でした。
ご本人にブログにアップすることも了解していただきました。


玄関を入るとすぐにこんな椅子たち、テーブルたち。奥のサイドボードは液晶テレビも置けるそうです。
しっとりと落ち着いたとっても存在感あるのに、いやらしい主張のない、和室にも洋室にも違和感なく置ける愛着のある家具だと思いました。

これは丸が愛らしい、面白い額でした。

木のぬくもりの中に、遊び心が感じられ、思わずうふ・・・と含み笑いした時計です。買えるものなら買いたいと思うものばかりで、財布と相談を頭の中でパチパチしていました。

これは一目で気に入った、ベンガラ染めの暖簾です。写真では色が正しく出ていませんが、ベンガラで染めてあるベンガラ色が素晴らしい暖簾でした。常々よい暖簾がないか長いこと探していた私は、迷いもなく購入しました。こういうところでは目の保養だけで、買うことはないのですが・・・。

この椅子は背もたれの二本の棒が丁度腰に当たり、とても気持ちのよい坐り心地のよい椅子でした。

可愛い様々な椅子、どれも木のぬくもりのある暖かさを感じる椅子たちでした。
子供さんも喜んで坐るのではないかと、微笑ましく鑑賞しました。

畳の部屋にこんな座卓があれば、楽しいですね。

2階から見下ろしたホールに置かれた一枚板の食卓。椅子もそれぞれ違い、いずれも坐り心地抜群の高級な家具でした。
他にもたくさん、置時計、柱時計、様々な額と画面では紹介しきれない
木の家具と、奥様作と言う絹のベンガラ染めのスカーフ、コースターなど、沢山ありました。
陶人形は作者がいらっしゃらないので、撮影を許されず、残念ですが、
どれも個性的で、モダンな中に優しさのあるスマートな人形たちはかりでした。オーナーが一目見て気に入り買い求め、作者に直接交渉されて、展覧することになったということです。
是非皆さんも見に行ってあげてください。

作者の川月氏。気さくでやさしい、ご覧のとおりの素敵な方でした。
ご本人にブログにアップすることも了解していただきました。


玄関を入るとすぐにこんな椅子たち、テーブルたち。奥のサイドボードは液晶テレビも置けるそうです。
しっとりと落ち着いたとっても存在感あるのに、いやらしい主張のない、和室にも洋室にも違和感なく置ける愛着のある家具だと思いました。

これは丸が愛らしい、面白い額でした。

木のぬくもりの中に、遊び心が感じられ、思わずうふ・・・と含み笑いした時計です。買えるものなら買いたいと思うものばかりで、財布と相談を頭の中でパチパチしていました。

これは一目で気に入った、ベンガラ染めの暖簾です。写真では色が正しく出ていませんが、ベンガラで染めてあるベンガラ色が素晴らしい暖簾でした。常々よい暖簾がないか長いこと探していた私は、迷いもなく購入しました。こういうところでは目の保養だけで、買うことはないのですが・・・。

この椅子は背もたれの二本の棒が丁度腰に当たり、とても気持ちのよい坐り心地のよい椅子でした。

可愛い様々な椅子、どれも木のぬくもりのある暖かさを感じる椅子たちでした。
子供さんも喜んで坐るのではないかと、微笑ましく鑑賞しました。

畳の部屋にこんな座卓があれば、楽しいですね。

2階から見下ろしたホールに置かれた一枚板の食卓。椅子もそれぞれ違い、いずれも坐り心地抜群の高級な家具でした。
他にもたくさん、置時計、柱時計、様々な額と画面では紹介しきれない
木の家具と、奥様作と言う絹のベンガラ染めのスカーフ、コースターなど、沢山ありました。
陶人形は作者がいらっしゃらないので、撮影を許されず、残念ですが、
どれも個性的で、モダンな中に優しさのあるスマートな人形たちはかりでした。オーナーが一目見て気に入り買い求め、作者に直接交渉されて、展覧することになったということです。
是非皆さんも見に行ってあげてください。
20日、我家の先祖をご供養してもらっている宝嶋寺で、年一度の塔婆供養の案内があったので、出かけてきました。
ご住職ほか五人のお坊様による法要、倉敷 観龍寺ご住職による法話と、一日たっぷり仏様のご加護に触れた思いでした。
法要、法話の間に昼食が出ます。檀家の方々のご内儀が作られる散らし寿司、ゴマの味が良く効いたおよごしに素麺の入った澄まし汁。
このおよごしがなんとも言えず美味しいのです。この味が楽しみで、
舅が亡くなって以来、毎年来ていると言ったら不信心と怒られるかしら?
ほかに茶室でいただくお抹茶も楽しみの一つです。素晴らしく紅葉した庭を拝見しながらの赴きも日頃のがさつな日々を忘れさせてくれる優雅なひと時でした。
また駐車場に出て裏山を仰ぐと、折からの紅葉に、桜の名所宝嶋寺は、そのまま紅葉の名所となって、桜の葉の彩が、苑内を華やかにしていました。

裏庭の桜の紅葉。表参道、庭の中の五月の紅葉、千両が素晴らしいのですが、カメラを持参していなくて、撮れなかったのが残念でした。

その後、帰り道にある薄田泣菫の生家によって見ました。
いつも通りながら実現しなかった見学である。近くだからいつでも行けるという安心感がかえって遠くにすることがたたある。

南向きの明るい部屋は、秋のつるべ落としの夕日に赤みをおびていた。

泣菫って、いい男だったのだねぇ〜。

額に入れられた資料には、芥川龍之介、谷崎潤一郎、中原中也、与謝野晶子などなど当時の有名な作家、詩人の写真や手紙などが、あちこち張られていた。
管理人さんが、30分足らずのビデオを、私一人のために見せてくださり、感激した。それによると、晩年の彼は、パーキンソン病で、長く苦しんだとか。それより何より、あのゴージャスな世界を描いて金満家としか思っていなかった、谷崎潤一郎が、泣菫に借金を申し込んでいたという文面を見て、驚いた。あの時代の作家達は友情に厚かったのだと改めて思う。彼らは多かれ少なかれあの戦争を経験して、あちこちに疎開している。泣菫も生家に疎開してき、またそこからも津山に疎開していたと知る。難病を得ながらの疎開生活はいかがなものだったろうと、胸が痛む。しかし、最晩年を生家に帰り、この家で亡くなったとある。
せめてもの救いだと思う。悲劇的な末路をたどる芸術家が多い中、幸せな人生だったのではと、心温かくして、玄関を出ると、管理人さんが
親切に庭を案内してくださった。

何より目に付いたのは八朔。実がぎっしり付いていた。まだ青かったのが残念だけど、これも熟れると来館者にくださるのかな?

大きな柿の木が3本もあって、鳥に食べられるだけだからと、もいでくださった。まさに取り立ての柿。長ーーい竹ざおが伸びている。

詩の一節を刻んだ備前焼の陶板。
余分。もいでくださった柿。もっとくださったのですが・・・。

薄田泣菫生家の庭の柿。味が違うかな?
ご住職ほか五人のお坊様による法要、倉敷 観龍寺ご住職による法話と、一日たっぷり仏様のご加護に触れた思いでした。
法要、法話の間に昼食が出ます。檀家の方々のご内儀が作られる散らし寿司、ゴマの味が良く効いたおよごしに素麺の入った澄まし汁。
このおよごしがなんとも言えず美味しいのです。この味が楽しみで、
舅が亡くなって以来、毎年来ていると言ったら不信心と怒られるかしら?
ほかに茶室でいただくお抹茶も楽しみの一つです。素晴らしく紅葉した庭を拝見しながらの赴きも日頃のがさつな日々を忘れさせてくれる優雅なひと時でした。
また駐車場に出て裏山を仰ぐと、折からの紅葉に、桜の名所宝嶋寺は、そのまま紅葉の名所となって、桜の葉の彩が、苑内を華やかにしていました。

裏庭の桜の紅葉。表参道、庭の中の五月の紅葉、千両が素晴らしいのですが、カメラを持参していなくて、撮れなかったのが残念でした。

その後、帰り道にある薄田泣菫の生家によって見ました。
いつも通りながら実現しなかった見学である。近くだからいつでも行けるという安心感がかえって遠くにすることがたたある。

南向きの明るい部屋は、秋のつるべ落としの夕日に赤みをおびていた。

泣菫って、いい男だったのだねぇ〜。

額に入れられた資料には、芥川龍之介、谷崎潤一郎、中原中也、与謝野晶子などなど当時の有名な作家、詩人の写真や手紙などが、あちこち張られていた。
管理人さんが、30分足らずのビデオを、私一人のために見せてくださり、感激した。それによると、晩年の彼は、パーキンソン病で、長く苦しんだとか。それより何より、あのゴージャスな世界を描いて金満家としか思っていなかった、谷崎潤一郎が、泣菫に借金を申し込んでいたという文面を見て、驚いた。あの時代の作家達は友情に厚かったのだと改めて思う。彼らは多かれ少なかれあの戦争を経験して、あちこちに疎開している。泣菫も生家に疎開してき、またそこからも津山に疎開していたと知る。難病を得ながらの疎開生活はいかがなものだったろうと、胸が痛む。しかし、最晩年を生家に帰り、この家で亡くなったとある。
せめてもの救いだと思う。悲劇的な末路をたどる芸術家が多い中、幸せな人生だったのではと、心温かくして、玄関を出ると、管理人さんが
親切に庭を案内してくださった。

何より目に付いたのは八朔。実がぎっしり付いていた。まだ青かったのが残念だけど、これも熟れると来館者にくださるのかな?

大きな柿の木が3本もあって、鳥に食べられるだけだからと、もいでくださった。まさに取り立ての柿。長ーーい竹ざおが伸びている。

詩の一節を刻んだ備前焼の陶板。
余分。もいでくださった柿。もっとくださったのですが・・・。

薄田泣菫生家の庭の柿。味が違うかな?
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