今日は寝たきり・認知症家族の会2月定例会が開催された。
倉敷西の院の住職の講演で、「家族の絆について」と言うものだった。
ともすれば、家族の絆が薄らいでいる昨今、寝たきりの夫を、父を、餓死させたと言うニュースも新聞を賑わして、間がない。
家族の中に一人でも病人を抱えることは、その家族の人生を180度転換させると言っても過言ではない。
寝たきりになったとき、あるいは認知症になったとき、その人に対する家族のあり方は、千差万別だ。
いかによく介護するか、介護されるか。
その家族の死生観によるものも多いにあると思う。
このテーマはどんなに深く掘り下げても、行き着くところのない重いものだと思う。
私も早くから老人性難聴といわれて、なかなか低い声は聞き取りにくく、聞き逃したことは多々あったが、その中で心に残る言葉を記して見ようと思う。
・まず相手を好きになる。
・嫌いな相手には親切にする。(馬には乗ってみよ。人には添ってみよということわざのように)と言われた。
・まず自分が笑う。いつも笑顔で。
・相手を信じる。その人を信じるから良いことを言っていると思うことが出来る。
・ありがとうと言う。
・仏の恩に報いる。
西の院のHPに山に登られていることも載せていらっしゃるとか。
http://www2.kct.ne.jp/~nisinoin/index.html
山は神様だと言う。霊の宿る霊山と言う。
そういわれれば、修験者といわれる人は皆山伏姿で、山を登っておられる。霊験あらたかなる、ともいう。
そんなこんなで、登られた山の名の数々を羅列された時は本当に楽しそうに話された。
北は北海道の大雪山系、旭岳、山形県の羽黒山などなど、皆霊山として有名な山々だ。我が夫も遅まきながら穂高とか、剣山とか白馬山とかに
登って、山の魅力に取り付かれてしまっているので、住職さんのお話が
凄く身近に感じられたものだった。
もっと若い時だったら良かったのにと常々思っているのだが・・・。
倉敷西の院の住職の講演で、「家族の絆について」と言うものだった。
ともすれば、家族の絆が薄らいでいる昨今、寝たきりの夫を、父を、餓死させたと言うニュースも新聞を賑わして、間がない。
家族の中に一人でも病人を抱えることは、その家族の人生を180度転換させると言っても過言ではない。
寝たきりになったとき、あるいは認知症になったとき、その人に対する家族のあり方は、千差万別だ。
いかによく介護するか、介護されるか。
その家族の死生観によるものも多いにあると思う。
このテーマはどんなに深く掘り下げても、行き着くところのない重いものだと思う。
私も早くから老人性難聴といわれて、なかなか低い声は聞き取りにくく、聞き逃したことは多々あったが、その中で心に残る言葉を記して見ようと思う。
・まず相手を好きになる。
・嫌いな相手には親切にする。(馬には乗ってみよ。人には添ってみよということわざのように)と言われた。
・まず自分が笑う。いつも笑顔で。
・相手を信じる。その人を信じるから良いことを言っていると思うことが出来る。
・ありがとうと言う。
・仏の恩に報いる。
西の院のHPに山に登られていることも載せていらっしゃるとか。
http://www2.kct.ne.jp/~nisinoin/index.html
山は神様だと言う。霊の宿る霊山と言う。
そういわれれば、修験者といわれる人は皆山伏姿で、山を登っておられる。霊験あらたかなる、ともいう。
そんなこんなで、登られた山の名の数々を羅列された時は本当に楽しそうに話された。
北は北海道の大雪山系、旭岳、山形県の羽黒山などなど、皆霊山として有名な山々だ。我が夫も遅まきながら穂高とか、剣山とか白馬山とかに
登って、山の魅力に取り付かれてしまっているので、住職さんのお話が
凄く身近に感じられたものだった。
もっと若い時だったら良かったのにと常々思っているのだが・・・。
無我

ちりめん donyaさんでもとめたちりめんの古布でようやく
無我を作り上げた。人形作りのほかに、いろいろ寄り道がたくさんで、なかなか仕上がらない。
これはまた自分の力試しと思って、一人で作った。
いつもは仕上げに襟など先生の手を借りるのだが・・・。
小さな人形の小さな小さな襟。
二度やり直した。
少し要領が解かった気がした。
細く綺麗に木目込むことの難しいこと。
大きな不器用な手だものねぇ〜(^^ゞ
無我を作りたいという友を連れて、見てもらい方々
人形店に行く。
人形店には新しいものしかないから。
雛巡りしなくてもこの店に来れば・・・と言う私に
そういわれた。
倉敷雛巡りに参加することは出来ないそうだ。
古いお雛様なら、売れ残りが山ほどあるそうだ。
古いものは焼いてしまうとも・・・。
うーーん。勿体無いと思うけれど、雛壇は一つあれば、
それが代々続いていくとすれば、そうそういるものではないだろう。
店主の古いものでよければ、格安で譲るよと言われた言葉が胸に響く。
古いお雛様いる方、一度店主に声かけて相談してみてください♪
番匠屋そして・・・

総社の梟工房から、倉敷に取って返して、イクコ、十露、と友と二人で、和の創作人形展を巡り歩く。
人形とは思えないリアルな創作人形展に、ぎょっとしたり、感嘆したり、愛らしさに微笑んだり、せわしない気分の変化を楽しみながら、
番匠屋を覗く。そして、最後に ちりめん donyaにたどり着く。
番匠屋で、この人形をかろうじて撮って、デジカメの電池を使い果たした。残念至極。
最後にたどり着いた ちりめん donyaさんで、本当に楽しく布の話し、
いろいろな可愛い製品たちの話、かんざしの秘密などなどたくさんの豊富な品物と一緒に、豊富で楽しいお話を聞くことが出来た。
ここで気に入った木目込み人形用の生地も購入できたし、本当に充実したひと時を過ごせた。素敵な店主さん、お客様でボランティアのアドバイザーさん、ほんとにありがとうございました。
皆さんも是非覗いてみてください。楽しさ請け合いです♪
http://www.age.tv/~at/
節分会

最上稲荷の豆まきに行ってきた。
ゲストに石原洵子が来たからか、いつもの年よりも人出が多かったように思う。やはりテレビで名を売ると、反応が違うのだろう。
勿論政治家先生たちも、年男になって豆まきをされていた。
お忙しいのだろう、参詣人を立ち止まらせて、車で境内の際まで、、。
一回目を終わるとそそくさと車でご帰還。次の先生もまた一度まき終わるとそそくさと・・・。
選挙に向けて、どこにも顔を出し、名前を売らないと、タレント政治家に足元掬われかねないからねぇ〜。
豆は小さな袋に入れて撒かれる。空高く投げられるのもあれば、すとんと落ちるものもある。豆を拾う人の真ん中に入ると怖いくらいの迫力だ。一度経験して怖い思いをした私は、もっぱら写真を撮ることに徹した。
高齢者支援センター

「倉敷ねたきり・認知症介護者家族の会」の会報編集で、健康プラザに行く。役員4人、心強い助っ人男性の会員の方が2人参加してくださって、スムーズに印刷し終えることが出来た。
帰りに、高齢者支援センターについて、詳しいお話を聞くことが出来た。いわゆる地域包括総合支援センターである。
倉敷市には他の市より多く、高齢者支援センターが25箇所もあると聞いた。心強いばかりである。
しかし残念ながらこの制度を利用する、あるいは知っている人はほんの一部分であるらしい。広報や回覧板やで、知らせてくださっているが、どうも隅々までいきわたるのが難しいらしい。
本当に介護にいきずまり、あるいは真剣に介護に携わって始めて、この制度のありがたさがわかるのかもしれない。
しかし何しろ、目的が今までの医療保険制度の破綻の果ての、国のお粗末な制度のお仕着せ、いわば上からの有無を言わさない制度であるらしいから、案外反発が多く、浸透しないのかもしれない。
介護予防の推進、総合的な相談・支援窓口、介護予防・転倒予防などの教室の開催。保健福祉サービスの申請手続きの受付・代行、高齢者の権利の擁護、ケアマネジャーの支援、などなど高齢者支援センターの仕事は多岐に渡る。それを保健師、社会福祉士、主任ケアマネジャー3人で与えられた地域の仕事をされると言う。
浸透しないのも無理ないなぁ〜、と思う。
しかし、高齢者の中に入りつつある我家、いつお世話になるかもしれない。勉強することにこしたことは無い。
まず第一に自分自身が介護されないですむよう予防をすることだと、せっせと指先の運動、頭の運動そしてたまに、身体運動に精を出している。
国の医療費の軽減の為にも、予防に勤しむのはこれから先の高齢者予備軍の人達には是非とも参加してもらいたいと思ったものだ。
おおいに支援センターの勉強をして、いざと言うときのために備えたい。そしていつまでも健康で元気なお年寄りになりたいものだと思った。
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